NBA史に名を刻む伝説的な選手、カリームアブドゥルジャバー。現役時代は圧倒的な得点力と独自のプレースタイルで活躍し、NBAを代表するスター選手として知られていました。
引退後の現在は、どのような活動をしているのでしょうか。本記事では、カリームアブドゥルジャバーの現在の様子をはじめ、生い立ちや現役時代の功績を振り返ります。
カリームアブドゥルジャバーの現在は?
カリームアブドゥルジャバーは、2026年現在79歳となり、現役引退後もさまざまな分野で活動しています。現在は執筆活動や社会問題に関する情報発信を続けており、教育支援や人権問題にも積極的に取り組んでいます。
また、自身が設立した「スカイフック財団」を通じて、子どもたちの科学技術教育を支援する活動にも力を注いでいます。一方、2023年には転倒によって股関節を骨折し、入院したことも報じられました。
79歳となった現在も、スポーツ界にとどまらず、教育や社会貢献など幅広い分野で活動しています。
カリームアブドゥルジャバーの生い立ち
カリームアブドゥルジャバーは、幼い頃から恵まれた体格を持ち、学生時代にはバスケットボールの才能を開花させました。しかし、その道のりは決して順調なものばかりではありませんでした。
ここでは、彼の生い立ちを詳しく紹介します。
ニューヨークで生まれ育つ
カリームアブドゥルジャバーは、1947年4月16日にアメリカ・ニューヨークのハーレム地区で生まれました。本名はフェルディナンド・ルイス・アルシンダー・ジュニアといい、父親は警察官として働く一方、ジャズ音楽家としても活動していました。
幼い頃から体が大きく、9歳の時点ですでに身長173cmほどあったといわれています。そのため、周囲から注目を集めることも多く、自分の体格に戸惑うこともあったようです。人並み外れた身長は、後にバスケットボール選手として活躍するうえで、大きな強みとなりました。
幼い頃からバスケットボールに親しむ
幼い頃から身長が高かったカリームアブドゥルジャバーは、バスケットボールに親しむなかで、自分の体格を生かせる競技として魅力を感じるようになりました。ニューヨークのパワー・メモリアル高校に進学すると、持ち前の身体能力に加えて技術も磨き、次第に注目される選手へと成長します。
高校時代にはチームの中心選手として活躍し、全米でも将来を期待される存在となりました。高校時代に磨いた技術と経験は、その後の選手生活にも生かされることになります。
名門UCLAへの進学と改宗
高校卒業後は、バスケットボールの名門として知られるカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)へ進学しました。大学ではジョン・ウッデン監督の指導を受け、選手として成長を重ねていきます。
また、大学時代には黒人の歴史や文化、宗教への関心を深め、1968年にイスラム教へ改宗しました。その後、1971年にはカリームアブドゥルジャバーへと改名しています。大学卒業後の1969年にはNBAドラフトで全体1位指名を受け、プロバスケットボール選手として新たな一歩を踏み出しました。
カリームアブドゥルジャバーの現役時代の功績
カリームアブドゥルジャバーは、NBAで20シーズンにわたってプレーし、輝かしい実績を残しました。リーグ優勝やMVP受賞など、その功績は多岐にわたります。ここでは、現役時代に達成した主な記録や功績を紹介します。
NBA優勝6回を達成
カリームアブドゥルジャバーは、現役時代にNBA優勝を6回経験しています。1969年にはミルウォーキー・バックスへ入団し、2年目の1970-71シーズンにはチームを初優勝へ導きました。
1975年にはロサンゼルス・レイカーズへ移籍し、マジック・ジョンソンらとともに黄金時代を築きます。1980年代には5度の優勝を果たし、NBAを代表する名門チームの躍進に貢献しました。
特にレイカーズはショータイムと呼ばれる華やかなプレースタイルで人気を集め、ジャバーも中心選手として活躍しました。
シーズンMVPを歴代最多の6回受賞
カリームアブドゥルジャバーは、NBAのシーズンMVPを6回受賞しています。これは2026年現在も破られていない歴代最多記録です。初受賞は1970-71シーズンで、その後も1972年、1974年、1976年、1977年、1980年に選出されました。
異なるチームでMVPを獲得していることからも、長年にわたる活躍ぶりがうかがえます。さらに、NBAファイナルMVPも1971年と1985年の2回受賞。1985年には38歳でファイナルMVPに輝き、ベテランとなっても高い実力を維持していることを証明しました。
通算38,387得点の大記録を樹立
カリームアブドゥルジャバーは、現役20シーズンで通算38,387得点を記録しました。1984年にはウィルト・チェンバレンが保持していた通算得点記録を更新し、NBA歴代1位に立っています。
この記録は約39年間にわたって破られず、2023年2月にレブロン・ジェームズが更新するまで歴代最多記録として君臨しました。また、NBAオールスターには19回選出され、得点王も2回獲得しています。
1989年に42歳で引退するまで第一線でプレーを続け、20シーズンにわたる現役生活に幕を下ろしました。
代名詞「スカイフック」で得点を量産
カリームアブドゥルジャバーを語るうえで欠かせないのが、独自のシュート技術「スカイフック」です。長い腕を伸ばし、高い位置から片手でボールを放つシュートで、相手選手がブロックすることは非常に困難でした。
身長218cmという恵まれた体格を生かし、右手を中心に左右どちらの手からもシュートを放てることが強みでした。この技術は長年にわたってジャバーの得点源となり、チームの勝利にも大きく貢献しました。
現在でもスカイフックはNBA史上屈指の必殺技として知られ、彼を象徴するプレーとなっています。
最後に
今回は、カリームアブドゥルジャバーの現在の様子や生い立ち、現役時代の功績について紹介しました。NBAで6度の優勝を経験し、歴代最多となる6度のシーズンMVPを受賞したジャバー。
引退後は教育支援や社会貢献にも取り組んでいます。長年にわたってNBAを牽引した彼の実績は、今も多くのバスケットボールファンの記憶に刻まれています。









